コラム

コラム

2014.03.28
花見


 ようやく冬の寒さも収まり、暖かい日が増えてきましたね。桜の開花もニュースで報告されるようになりました。昨年4月のコラムで桜について取り上げましたが、今回は花見について書いてみようと思います。
 日本の国花が桜であることからも、桜は日本人の根底に根付いた植物だと言えます。春になって、桜の開花を心待ちにしている人も多いのではないでしょうか。花見というものは、文字通り桜の花を見ることだけではなくみんなで集まって桜を見るという行為に重きをおいている人もいるかと思います。飲んで騒いでもお花見だし、と多少の無礼講も寛容に見て貰えたりもしますよね。

 さて、お花見という風習はいつから始まったのでしょうか。花見は、奈良時代から平安時代にかけて、貴族たちが行った花を見ながら歌を詠む会が「花見」の起源だとされています。今では、花見といえば大体の人が桜を思い浮かべるかと思いますが、奈良時代の花見で主だって鑑賞されていたのは梅でした。これは、中国からの影響を強く受けていたことに起因しています。中国では、梅は蘭、竹、菊と共に「四君子」と呼ばれ、古来より人々に愛されていました。その後、中国からの遣唐使の廃止により、梅よりも日本固有の桜の花が好まれるようになったようです。7世紀後半から8世紀後半の『万葉集』では桜を詠んだ歌が40首、梅を詠んだ歌が118首程度ありますが、10世紀初期の『古今和歌集』では梅が18首、桜が70首程度とその数が逆転していことから、花見で桜が主として鑑賞されたことが分かりますね。「花」が桜の別称として使われたのもこの頃だと言われています。貴族にとって花見は歌を詠むという風流なものでしたが、一般庶民にとってのお花見は、農耕民族にとって自然発生的に始まった風習でした。稲作を行う農村などで、桜の咲き方は一年の豊作凶作を予想する一つの材料とされていました。その桜の木にお神酒やお供え物をして一年の豊穣を願っていたそうです。

 

 また、鎌倉時代末期から南北朝時代の随筆家吉田兼好の著書である『徒然草』にも花見に関する記述があるので、一部抜粋して紹介します。

 花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨にむかひて月をこひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほ哀に情ふかし。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見所おほけれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、はやく散り過ぎにければ」とも、「さはる事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」といへるに劣れる事かは。花の散り、月の傾くを慕ふならひはさる事なれど、ことにかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは、いふめる。
(中略)
 すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨(ねや)のうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ。よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑なり。片田舎の人こそ、色こく万はもて興ずれ。花の本には、ねぢより立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒のみ、連歌して、はては、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手・足さしひたして、雪にはおりたちて跡つけなど、万の物、よそながら見る事なし。

 とてもざっくりと意訳させて貰えば、
 花は満開のものを、月は満月のみを素晴らしいと鑑賞するのではなく、それ以外の時に美しい満開の桜や満月に思いを馳せるのも趣があることだ。花の蕾は散ったあとの風景こそ見どころがあり、情緒を理解しない人は「散った枝には見どころがない」などと言う。(中略)すべての月や花は目だけで見るものだろうか。いや、そうではない。春は家の中や、夜は寝室で心の中で思うのも趣深いものだ。教養のある人はむやみに風流を好まずあっさりしているが、片田舎の人はしつこく騒ぎ立てて、時には枝を折ったりしてさり気なく鑑賞することをしない。
 このようなことを言っていると思います。有名な文章なので、きちんとした訳が知りたい方はぜひ調べて見て下さいね。

 美しい満開の桜を見ることが出来る時期は短く限られています。しかし、満開の時期だけではなく蕾や葉桜の時期にも桜へと思いを馳せて楽しんでみてはいかがでしょうか。 

(コラム*カワセミ)

HOME