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2013.07.12
廃藩置県


 

 日本には47の都道府県がありますが、皆さんは全ての場所と名前を把握していますか?授業で白地図を埋める作業をした記憶が残っている人も多いのではないでしょうか。ちなみに、恥ずかしながら私は全て正確に答えられる自信はありません。
この47都道府県が制定されたのは廃藩置県後ということで、廃藩置県が行われたことは知っていても、どのような流れで行われ現在に至るのかまでは知らない人が多いのではないでしょうか。今回は、廃藩置県について背景も含めて簡単に考察してみようと思います。

 まず、廃藩置県とはなんでしょうか。明治政府が、字の通りそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した行政改革のことを指します。それまで藩主が持っていた権力を中央に集めることが目的でした。
 1871年7月14日(明治4年8月29日)に明治政府は東京に住んでいた知藩事(旧藩主)を皇居に集めて廃藩置県を命じました。これにより藩は県となって知藩事は失職し、東京への移住が命じられ、各県には知藩事に代わって新たに中央政府から県令が派遣されることになりました。さらに、同日付で各藩の藩札は当日の相場で政府発行の紙幣と交換されることも宣されました。権力を統一するためにはお金の統一も必要ですよね。
 現在では47都道府県となっていますが、当初は藩をそのまま県に置き換えたため現在の都道府県よりも細かく分かれており、3府302県と現在の約6.5倍近くの数がありました。それだけではなく飛地が多く、地域としてのまとまりも後の県と比べると弱かったため統廃合が繰り返され、明治22年(1889年)までの18年間の間に3府43県となりました。明治政府の立役者である木戸孝允の出身地でもある山口県を例に挙げてみると、まずは1871年7月、現在の山口県域に山口、岩国、豊浦(とようら)、清末(きよすえ)の4県が置かれました、その後、同年11月15日には4県を統合して、山口県が設置されています。統廃合に関しては、反対運動などもありすんなり移行して落ち着いたとはならなかったようです。
 ちなみに、府と県の違いは重要度と言われており、東京、京都、大阪が府となりました。この時点で、北海道は開拓が始められて時間が経っていなかったため除かれ、北海道庁が置かれていました。その後、太平洋戦争中の1943年に東京は都に変わりました。現在の47都道府県という形になったのは、1972年(昭和47年)5月15日に沖縄返還により沖縄県が復帰した時からということになります。なんと、廃藩置県から100年程も掛かっているのです。

 

 今まではあまり都道府県や藩のことなどを考えたことはありませんでしたが、皆さんは自分の出身都道府県が何と言う藩だったかは知っていますか?ほとんどの場合は「○藩と○藩と……が合併して出来た」もしくは「○県と○県と……が合併して出来た」という感じになるかと思います。7月14日は廃藩置県の日とのことなので、自分の出身都道府県について考えてみてはいかがでしょうか。

(コラム*カワセミ)

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